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失敗のない資本主義は希望のない宗教のようなものです

2009年7月20日放送 NHK総合 NHKスペシャル

マネー資本主義 最終回 危機を繰り返さないために

科学者 レイ・カーツワイルさん
金融危機の原因は、金融工学にあると考えるのは間違えです。テクノロジーは私たちにデリバティブのような便利な道具を生み出してくれました。問題は人間です。レバレッジをコントロールする的確な判断ができなかったのです。テクノロジーはもろ刃の剣です。人類は、火を使い始めて以来、もっとクリエイティブに、もっと生産的にと利用する一方で、社会を破壊するためにも使ってきました。今回の危機は、人間が技術の悪い面を引き出してしまったのです。テクノロジーが進化していくことは、資本主義が豊さを目指す限り、止めることはできないのです。

東京大学名誉教授 宇沢弘文さん
人々の心が完全に壊されている。そして、悪魔のような金融工学を使って儲けようと。金融工学というのは、基本的にはすべてを確率的な現象として捉えるですね。あたかもさいころを振っているような形で処理して、それぞれ違ったさいころを持っているわけですね。サブプライムローンとか、いろんな金融商品。それをうまく組み合わせて、いかにも何か格好がつくような形で、難しい数学を使うんですよね。全く根拠のない数学をね。数字で幸せを測るなんて、そんなうまいことできませんよ。よく考えてみると、経済学の原点は人間で、人間で一番大事なのは実は心なんだね。

ハーバード大学教授 マイケル・サンデルさん
金融業界に就職した教え子には、倫理に反しない限り、儲けるという行動を責めないと言っています。アグレッシブに利益を得ようとする努力を私は責めません。なぜなら、それが金融市場なのですから。資本主義社会では、市場は利益主義の場所です。最大の利益を生むことが市場の使命です。特に、レバレッジを膨らませ、少ない資金で最大の利益を生み出そうとすることは、金融市場の自然の姿で、どうしようもないのです。問題となるのは、政府の規制から逸脱し、リスクを顧みない行動を取った時です。この金融危機は、市場がもともと持つ弱点と愚かさを曝け出しました。今こそ、市場の役割を改めて考え直すチャンスです。過去30年間、我々は市場にしばりつけられ、市場の約束するものすべての奴隷になってしまいました。私達は市場に限界について議論し、考えるべきです。

例えば、市場主義は今や教育現場をも覆い始めています。ニューヨーク市では、全国テストで高得点を取ると、生徒がお金をもらえるという学校がいくつかあります。指導した教師にまで現金を支給、あるいはボーナスが出るというのです。消費者としては、制限のない自由な市場は効率をよくし、繁栄をもたらしますから、とても魅力がありますよね。しかし、社会の一員である市民として考えてみてください。市場が境界線を乗り越え、教育や社会保障にまで影響したら、物欲そのものはリミットを超えない限り、そして、目的がちゃんとあるならば、問題はありません。しかし、経済成長だけが社会の目的になってしまったら、大変なことになります。社会はめちゃくちゃになりますよ。過去数10年、我々はそういう方向に流れてしまいました。今、我々がすべきことは、市場に支配されないしっかりとした社会基盤、公共性を再構築することです。そうすれば、市場は人々の生活をよくするために存在し続けるでしょう。

ヘッジファンド社長 ジム・チャノスさん
資本主義が富を均等に配分することは決してありません。資本主義がみんなに与えるのは、富を得るためのチャンスだけです。ですから、人よりも富を得るためには、素晴らしいアイデアを考え出したり、誰よりも努力をすることが必要なのです。不平等になるのは当たり前です。これに対して、平等な分配を掲げた社会主義が上手くいかなかったのは、歴史が証明しています。それは、人間の能力はそれぞれ異なるのだという事実を無視したからです。資本主義は徹底した自由競争の上にしか成り立ちません。例えば、銀行など金融機関が問題を起こしたら、どうすべきでしょうか。政府が介入し、公的資金を注入するなら、政府は経営陣を解雇し、ボーナスなど、支払うべきではありません。市場の原理とは、そういうものです。普段は資本主義で、問題が起きると社会主義というシステムは、いずれ息詰まると思います。なぜなら、問題を解決することを先へ、先の世代へと将来に送っているにすぎないからです。いつかは痛い目に遭います。失敗のない資本主義は希望のない宗教のようなものです。お金を得ようとするなら、傷を負うことは覚悟しなければならないのです。

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