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私がどういう思いを深めて、これを描くかによって、神宿る青龍になったり、神の使いである青龍になったり、単なる架空の動物になったりするわけですよ

2010年3月5日放送 NHK BS1 45日間奈良時代一周 大極殿 PART2

日本画家 上村淳之さん
四神というのは、一番我々身近に見せていただいたのはキトラ古墳の四神なんです。キトラ古墳の四神というのは、おそらくたぶん、たぶんというか100%渡来人が本国での記憶の中で覚えていて、それを再現したというか、そういう部分があるんですね。だから、全く見たこともないような動物に仕上がっている。私のイメージはそこから剥ぎ取る、そこから転換させてくるのにちょっと苦労した。
この図にして、その宿る対象として、自分のイメージの中に膨らんでいくのに時間がかかった。
だから絵画のすべては最初にイメージありきですから、ものありきではないですね。本当は、四神でなくても、花鳥画というのには、花にも、鳥にも、石ころにも、樹木にもすべてに神が宿っているんだという考え方でないと絵にならない、本当は。上等な絵にはならんのです。ところが、なかなかその心境に行かないから駄作がいっぱいできる。その内に、フッと自然現象を見て、ありがたい、そういう現象に出会って、ありがたいなと思ったときには、そこに神がいるんですよね。だから、つい我々が自然に接しながら、感じなければならないのは、そういう世界を感じることで、ようやく絵ができているということです。ですから、思い切り神様の宿る四神であり、十二支であるというふうに描くというイメージをここではじめて政をされる、中核ですよね、神に見守られて、あるいは神の意思に背かないことで政をしていこうという私はイメージしたかった。
単なる龍では困る。私がどういう思いを深めて、これを描くかによって、神宿る青龍になったり、神の使いである青龍になったり、単なる架空の動物になったりするわけですよ。その辺が一番難しいかな。
それで、この建物が何年もちますかという話。1000年、1200年というふうに言われると、その間ずっと恥をさらすのかなと今は思っています。

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